高級ファンデとFFのTシャツ
今日は3連休の最後の月曜日。
朝食も済み、最近お気に入りのOphelia WildeのYouTube
をバックグラウンドミュージックにこのブログを書いています。
新しい仕事が始まり既に半月が過ぎた。
仕事を覚えるまでの2ヵ月くらいは出勤するつもりなので、この3連休がとても嬉しい。
ずっと週2で在宅していた身としては、週5の通勤(片道約1時間)は結構疲れる~💦
私の業務経験の売りとしては「貿易事務」だったので、新しい仕事も「貿易事務」の仕事をメインにエントリーしていた(それ以外の職種にエントリーしても選考で落とされることが多い)のだけど、
新しい仕事は蓋を開けてみると「営業事務」的な業務が9割方で、「貿易事務」業務はほぼなかった。
これは良い意味での想定外だ。
なぜなら、これで私の経歴に「営業事務」という肩書も増えるから。
あと、貿易事務でよくある海外担当者とのトラブルやストレスがほぼない。
それだけでもかなり精神衛生上いいのでは?って思う。
前職は海外担当者の対応の酷さに常にイライラしていたからね。
夢に出てくるくらい(苦笑)
話は戻って、今まで週3出勤だったのが週5出勤になった弊害(?)として、
出勤用の服が週5必要になるし、メイクも週5しないといけなくなった。
そして連日の暑さ。
メイクは崩れるし、トップス(Tシャツ)もここ2~3年着てた物はヨレてきている。
最近はめっきり節約生活が身についてきていた私だけど、ここで色々新調することにした。
まずはファンデーション。
なぜファンデかと言えば、先日久しぶりに会った妹がなんだか若々しくなっていたから。
乾燥肌だった妹の肌が、なんだか艶やかだったのだ。
色々聞くと、基礎化粧品は韓国コスメなのだけど、ファンデはクレ・ド・ポーのクッションファンデにしたのだそう。
「高いしすぐなくなるんだけど、でもやっぱり良いんだよね」
というので、私も購入してみることに。
値段はケース込みで約1.1万円ほど。
うん、私が使ってたファンデの倍する(笑)
実は妹から以前からクレ・ド・ポーの下地の良さは聞いていて、去年の退院祝いにプレゼントされていたのだ。
出勤時には使用せず、人と会う時だけ使用してたんだけど、早くファンデと併用するの楽しみ。
そして次に新調したのはトップス。Tシャツ。
過去の私は海外サイトのセール時を狙って、Jil SanderのTシャツとか購入してたけど、それだってセールでも一着3~4万円してた。
流石にもうそういった散財はしたくなく、ドメ(Domestic-国内)ブランドのシンプルなTシャツを色々みていたのだけど、それでも一着1.5万円前後する。。。
そしてなんとなくユニクロのECサイトを覗いてみると、
ユニセックスサイズのTシャツ、シルエットが結構私好み。
そして値段が、えっ1500円しない!?
もうこれでよくない?
仕事に着て行くだけだし、首元くたびれたブランドTシャツ着たくないし。
ガンガン着れるし。
という訳で、ポチポチっと4枚ほど購入。
それでも5千円とちょっとでした。
これ、ドメブラでも10分の1の価格だよね。
ユニクロ素晴らしい。
まあまだ届いていないけど。
こうやって私の価値観が塗り替えられていくと良いな。
7月に入った今の状況
7月に入りましたね。
毎日暑いです。
さて、今まで働いていた派遣先が6月末で契約終了だったので、7月に入った今、私は何をしているかと申しますと、、、
ジャジャジャジャーン!!!
新しい職場に通っています!!
そうなんです。
前回のブログで話していた面接(職場見学という)した企業様に無事就業することが決まったのでした!
確定の連絡をもらったのが6/23で、結構ギリギリでした。
これがダメだったらもう7月入ってのんびり探そうと思ってたんだ。
新しい職場はお洒落な街で有名な駅から徒歩5分ほどの自社ビルで、まだ新しく綺麗だった。
面接した部署の方もとても優しそうな方で、私の派遣会社側の担当の人も良い方で、
面談も皆終始笑顔でなんだかとても楽しく良い感じに進んだ。
面接でありがちな「はい・いいえ」で答えられない質問が来た時も、ちょうど私が常日頃というか以前から考えていた事だったので順序だてて答えていくと、部署の方も「わかります!」と相槌打ってくれて(聞き上手だと思う)気持ちよく話させられてしまった(笑)。
帰り道、面接に一緒に来てくれた派遣会社の人(営業担当の人じゃなくて、面接とかだけ来てくれる人がいるんだよね)と妙に気が合って、彼女が昔働いていたというブラック企業の会社名を聞いたら、、、!
私「知ってます。私も昔そこで働いていました!」
彼女「えー!!」
なんと私が20代の頃に4カ月だけ働いていたショップの会社だったの!
彼女と私は別の支店だったのでお互い知らなかったけど、当時は今ではブラック企業と呼ばれるような会社が普通だった時代。
4カ月しか働かなかったの?って思う人もいるかもだけど、その4カ月でスタッフが7~8人入れ替わってるからね。しかも5人以上は私より後に入った人たちばかり。
それだけ上のスタッフの人格が最低だった。
酷い職場でしたよねーって盛り上がりながら駅まで歩き、そこで別れたけど、面接だったのにこんなに楽しくて良いのかなって思ったくらい(爆)
面接自体は私的にも手ごたえはあったのだけど、それでも結果の連絡を受けるまでは不安だった。
なので決まった時はとても嬉しかったし、これが縁なんだなと思った。
その後、旧派遣先の上司に次の仕事が決まった話を伝えたら「良かった、良かった」と何度も言って喜んでくれた。
「これで送別会も心置きなく飲めるね」って(笑)
はい(^▽^)/
そして最終出勤日。引継ぎした去年新卒だった子が、プレゼントをくれました。
大阪支部にいる、派遣の先輩もプレゼントを送ってくれました。
去年他の部署に異動した男性社員の子もプレゼントをくれました。
そして送別会でも部の皆からプレゼントをいただきました(つд⊂)エーン
この職場は仲間の悪口を言わない(でも社長の悪口を言ってる人はいた)。
女ばかりの職場にいた私にとっては驚きの精神性の高い職場だった。
(実際はわからないけど)
学歴の高い賢い人たちは人の悪口なんて言わないのかなって思ってたけど、有名外資系会社から転職してきた人は、元職場(有名外資)は皆悪口言ってたと教えてくれたので、学歴とかは関係ないらしい。
ただ私はこの職場に1年ちょっとしかいなかったせいもあるのか、最後まで馴染めた気持ちにはなれなかった。
個人的に馴染んだ人は何人かいたけど。
なので最初契約終了を伝えられた時は、なんだか馴染めてない自分がそのまま切られたふわふわした気分だった。
でも最後は気持ちよく会社を去ることができて「終わりよければ全て良し」という気持ちです。
そして送別会の翌日、愛宕神社へ御礼参りしてきました。

その後私は送別会の二日前に扁桃腺が腫れたと言っていた社員の人から感染されたのか、扁桃腺が腫れ出し、一週間経った今も具合が悪い。
新しい職場の話はまた後日書こうと思いますが、具合が悪いままの初出勤で散々でした。
呪いかしらw
新しい職場は(また今度書くけど)、オフィス内も綺麗で明るい。
旧職場はなんというか、広いけれど全てが古臭かった。
それは皆言っていた。
私はそんなに気にしていなかったけど、新しい職場に来て解った。
職場環境って大切。
また今度書きます。
50代の転職の難しさと新しい副業について
前回のブログで、派遣の契約終了となった話を書きました。
新しい世界が始まる!
なんて思ったのも束の間。。。。
まったく仕事が決まらない!(つд⊂)エーン
派遣会社のサイトで色々な仕事を見て、良さそうだなーとエントリーするものの、
ほとんど社内選考で落とされる。
たまに社内選考通って「職場見学のスケジュールが決まったらお知らせします」なんて言われて連絡を待っていると「残念ながら」みたいなメールが来て面談すら進めない。
前回まではここまで決まらないことなかった。
こんなにエントリーする前に面談日のスケジュールが組まれ、運よく決まってきていた。
これは明らかに私が50代になった影響ではないかと思っている。
49歳と50歳は1歳しか歳の差はなくても、カテゴライズ的には10歳差のイメージがある。
もう6月も半ばなのに、あと半月で仕事がなくなるのに、まだ次の仕事が決まっていないなんて。。。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
積み立て投資は順調に(トランプ関税のお陰でそれほどじゃないが)積み上がってきているけれど、実際の手元にある資金が最近心もとない。
去年の手術から、マンションの更新料、韓国旅行などなど、収入は増えていないのに支出は毎月赤字を垂れ流していたら、
「あれ、残高これだけ?」
と、ある日気づいた(遅!)
今の私のお給料(派遣と副業1つ)では、家賃と新NISAの積立を引いた残りの金額だけだと、普通に生活するだけで精一杯。
しかも口座の残高も心もとない今、仕事が決まってないってこんなに不安になるものなのね(涙)
ただ私も何も対策を練っていなかった訳ではなく、
実は5月に副業をもう一つ増やすことにしていた。
それが「外資系・在宅副業」
外資なので円安の今、時給もそれなりに良い。
でも時給が高い人気の会社は同じこと考えて登録している人が多すぎて、タスクの取り合いになっている。
なので国内にほとんど情報のない会社の副業を選ぶことにした。
なぜ情報がないのか?
それは入社(?)試験が難しいから。
難しいというか、約300ページのテキスト(もちろん英語)を理解してテストを受けないといけない。
しかもチャンスはほぼ1度きり。
期限は3週間以内。
まあやってみよう!と思って週末は集中して、平日は夜2時間くらいかけて
勉強していったのだけど、
途中で派遣終了のお知らせ。。。。
そのため新しい仕事を探すので、勉強どころじゃなくなった。
そんなこんなしてたら期限の3週間まであと5日のお知らせが!
最後の二日間(日曜日と月曜日)は、ほぼ机にかじりついて練習問題解いて
試験受けた。
練習問題の結果は75点で、試験の合格ラインは80点なので、
本当はもう少し勉強必要だったけど、時間がないのでそのまま試験に進んだ。
試験は好きなだけ時間をかけて良かったし、テキストも見ながら答えて良かったけど、私は期限ギリギリだったので、それなりに急いで解いていった。
この二日間は食事する間も惜しんだ。
月曜日は本当は仕事があったけど、もう契約切られた会社の仕事より、
私の生活がかかっている試験のほうが大事なので有給とってやった。
そして3週間の期限ギリギリの月曜日の夜21時頃、ようやく試験が終わった。
難しい問題も結構あったので、本当に五分五分だなと思ってた。
翌日の夜、メールをチェックしたら、、、
「Congratulations on passing your Assessment!」
てメールが来てた!(泣)
嬉しかったー!
本当こんなに勉強したの、30年ぶりくらいかも(爆笑)
まあ、それでも本業の派遣はまだ決まってないんだけどね。
今回ようやく面談まで進んだ企業があって、今週行ってきます。
どうか決まりますように。
昨日は愛宕神社へ祈願しに行ってきました。

出世の石段とよばれる急階段。
毎日地下鉄の階段で鍛えられている私は、一気に昇ったけど余裕でした。
出世はしなくていいので、仕事が決まってほしい。
誕生日と不穏な連絡と新しい世界
先日誕生日を迎えました。
ついに半世紀!
10年前の誕生日の時は、「もう40歳か(涙)」と思っていましたが、
今考えれば十分に若かった!笑
まあずっとそんな感じで歳をとって行くのだろうけど。
今年の誕生日は平日だったので普通に出勤していたのですが、
ちょうど昼食時間を狙って派遣の営業から着信が。。。
もうなんだか嫌な予感。。。
すぐに休憩室を出て、エレベーターで下に降りてビルの外に出てからかけなおす。
営業「お昼時に申し訳ございません。あの、次の更新なのですが。。。
残念ながら契約終了となりました」
やはり。。。
4月くらいから前兆はあった。
今年の四半期の成績が落ちたという話。
担当プロジェクトの業務量が減り、時間を持て余すことが部署全体で増えた。
なのに上司は暇な時間がないようにと急に口酸っぱく言うようになり、
GW周辺は暇なら有給消化するようにという始末。。。
うちの部署は自分たちで仕事をとってくる部署ではないので、
業務が減るのも自分たちのせいではなく、
それで有休を無駄に消費させられるのも変な話だよねとは皆話していた。
そんな中、まあ派遣は真っ先に切られるだろうなと思っていたし、
派遣会社の営業にもその懸念はあることは伝えていた。
5月に入っても契約更新の連絡がなかなか来なかったので覚悟はしていたけど
まさか誕生日に契約終了の連絡が来るとは(苦笑)
でも私も下手に50年生きてきていないから、そんなに激しく落ち込むこともなく
はい、次探そうって自分を鼓舞する訳ですよ。
確かに今の会社の私がいる部署は良い人たちばかりなので、居心地は良い。
でも一年働いて、仕事も慣れて、ちょっと飽きてきてはいたのも事実。
取引先とのトラブルが2,3か月毎に起きていて、ストレス感じていたのも事実。
まあ次行きましょうって思ってお昼休憩から戻ると、上司から呼び出しが。
会議室に入って上司からの一言目が
「こんな結果になってしまって申し訳ない」
だった。
派遣の営業にも言われていたけど、今回の契約終了は「リソース過多」が原因。
色々なプロジェクトの進みが遅れていて、そのせいで会社全体の売り上げが落ちていると。
そこで余剰している社員がうちの部署に異動になるので派遣の私が押し出されるかたちになったと。
派遣なのでそういう事はあり得るし、仕方ないと納得しているけど、上司的にはこういった事態は初めてらしく、上にも契約延長を言ってくれたそうで、
こうして場を設けてくれて、決して私に問題があった訳ではないと言ってくれた事は嬉しかった。
私も昔アパレルいた時、お店を閉めることになり店員だった子に退職勧告を伝えないといけないこともあって、あの時はある意味加害者のくせに落ち込んだことを思い出した。
自分がしたことは自分に返ってくる、まさに
What goes around comes around。
まあ既に以前にも返ってきてるんだけどね(-_-;)
確かに正社員は安定している。
だからと言って社員という安定(束縛)や責任(重圧)はこりごりなので、これからも派遣と副業で気楽に生きていきたいと思う私なのです。
今の派遣先は私より若い人たちが多いのだけど、皆とてもいい人たちで
人の悪口を言わない(まあ言う人もちょっといるけど)。
それは女性ばかりの職場にいた私にとっては衝撃的でした。
去年の入院した時も、退院後は在宅で仕事させてもらえたし、そういった意味ではこの会社で仕事ができてとても良かったし、学びも沢山あった。

仕事帰りに寄ったスーパーで芍薬が売ってたので購入して帰った。
3つとも蕾だったのに、翌日には白い蕾が、さらにその翌日にはピンクの蕾が開花した。
週末には親友がお祝いをしてくれて、プレゼントもくれた。
家族も皆当日にお祝いのメッセージを送ってくれた。
私の人生は全然完璧ではないけど、それでも恵まれていて幸せだなと思う。
私も周りにその幸せを返していける人間でありたいです。
私は愚かな人間なので、恵まれた状態にずっといるとすぐ勘違いして驕ってしまう。
こうやって自身で痛みを感じて、人の痛みも解る人間でありたいです。
そしてこれからは毎年自分の誕生日には芍薬を購入しようと思いました。
追記:
帰宅してPCを開くと、お仕事紹介のメールがものすごく来ていた。
派遣就業中はそういったものは一切来ないのだけど、契約終了が決まった途端にすぐ次の就業先を紹介してくる。
見てると色んな職種や会社があって、世界が広がった気分になる。
古い友人の急逝
久しぶりの更新です。
子宮筋腫摘出手術から早5ヵ月弱。
もうすっかり元気です。
貧血もなくなり、下っ腹のポッコリもなくなり、生理の煩わしさもなくなりました。
だからといってウエストが細くなったわけではないんだけどね。
でも貧血がなくなったからか、最近抜け毛の量が減った気がします。
もともと毛髪量は多かったのだけど、ここ数年で一気に髪が薄くなってきてて
「やはり歳なのねー」
と思っていたのだけど、少しは増えると良いな。
数か月前になりますが、秋も後半に差し掛かった頃、古い友人が急逝しました。
彼女とは20代後半から30代にかけて仲が良く、バリバリに働いて稼ぐ姉さん的な人で
とてもお世話になったし、沢山影響を受けた人でした。
ただ我の強い人で、少しずつ距離はできてきていてここ数年は1~2年に一度
イベントなどで会うくらいの関係性でした。
ここ数年は癌の治療をしていたらしく私はそんな彼女の病気も知らなかった。
なので急逝と言っても、私にとっての急逝であり、彼女の家族はある程度覚悟はできていたみたいだった。
去年の夏の終わりに知り合いの周年イベントで久しぶりに彼女に会った時、やつれたな、と思った。
でもすぐに「まあ、私も彼女も歳をとったんだな」と思い直した。
今思えば抗がん剤の治療などで、かなり消耗していたのだと思う。
久しぶりだったので色々話して、最後に「またねー」ってハグして別れたのが最後でした。
でもこの時に会えて良かったなと思ってる。
お葬式の帰り道に、私とは違いずっと彼女と交流を持っていた友人たちから
彼女の最近の武勇伝(笑)を聞いて、ああ彼女はずっと変わらずに突っ走ってきたんだなと、悲しい中にも笑いながら駅まで歩いた。
本当に人生何があるかわからない。
ただ思ったのは、健康診断は大事。
フリーランスだと年一の健康診断も面倒くさがって行かなくなる。
私も転職して7~8年ぶりに健康診断行って重度の貧血だったことが判明したし。
彼女に対しては思うことは色々ある。
嫌な気分にさせられたことも沢山あったし、向こうもあっただろう。
それでも思い返せば楽しかった思い出も沢山あって、私の人生に大きく影響を与えた人だった。
これからも彼女の波乱万丈だった人生を、残された家族や友人たちと話して笑っていくことが供養だなーと思う。
ずっと会ってなかったから、もういないって実感があまりないんだよね。
私も今年でついに生誕半世紀!
最近は老後について、とっても考える。
いつまで今の仕事はできるのか。
両親は健在だけど、二人とも後期高齢者になった。
いつかは実家にもどるのだろうな。
いつ戻るんだろう。
親孝行できるうちにしたいな。
昔は自分が刺激的に楽しく生きることが大切だったけど、いまは穏やかで丁寧な暮らしを求めてる。
そういうところに老いを感じるけど、そんなものなのかな。
手術2週間後のわたしについて
子宮全摘手術を受けてから早2週間が経ちました。
もう2週間、という気持ちもあれば
まだ2週間、という感覚もある。
入院していた時の思い出がどんどん薄れていってる感じで
歳のせいなのかそこまで大きな印象として自分の中に残ってない。
2週間経って自分の体調はどうなっているかというと、
日々、回復してきているのを実感しています。
お腹もほとんど痛くないし、怠くもない。
先週はまだクラっとしたりする時もあったけど、今週に入ってからはそれもなく。
散歩も少しずつ歩く距離を増やしてきてる。
それでもまだ電車に乗って遠出はしてないけど。
やはり歩きすぎるとちょっと骨盤周辺に違和感が出るのだ。
腹腔鏡手術だったので、お臍とそれ以外に4か所傷口があるのだけど、
テープで止められたまま。
テープはまだ剝がれてないけど、そのうち剥がれそう。
剥がれたらもうそのままでいいんだって。
下着は体験者のYouTubeなどを参考にして、入院前にユニクロで妊婦用のショーツを購入した。
お臍の上まであるやつで、妊婦用なのでお腹を締め付けなくて本当に良かった!
真夏だと暑いかもだけど、それ以外の季節に手術される方にはお勧めします。
でもショーツは良くても、その上に履くボトムがきついと辛いので、
暖かい日は部屋では下はほぼパンツのみでいた。
外行くときはウェストしめつけないボトム履いてでかける。
いつになったら普通のボトム履けるようになるかな。。。
今週末の3連休は、ちょっと大きなリハビリも兼ねて副業を入れてもらった。
これで恐らく沢山歩くことになる。
お金も稼げる。
9月は入院期間は有給としたけれど、その前にコロナとかで早退とか2時間だけ仕事して早引けしたりしたので、稼ぎが少なかった。
それに加えて今回の医療費やら、展示会でオーダーした秋冬物(在宅なのでまだ一度も着れてない)の支払いがあったりで、出費が嵩んだ。
来月、再来月とから大きな副業があるので、ここでリハビリ兼身体慣らしもしておかねば。
7月の頭くらいまでは積み立て投資はとてもいい感じだった。
でも為替が円高に振れだすと、どんどん利益が減り始めた。
そして8月5日(月)、やばかったらしいね。
私はもう証券口座を開かないようにしてた。
2週間くらい経ってから開いてみたら、一番落ちた時で利益の2/3が減ってた。
まだ積み立て投資初めて3年目だしね。
今は少しずつ盛り返してきてるけど、まあそんなものだと思ってます。
頑張って体力戻して、年末にかけて副業で稼いで、
そして年明けたら韓国に美容旅行に行くんだ!!

子宮全摘手術うけました(後編)
入院3日目(手術後1日)
ようやく朝が来た。。。
良く眠れなかったけど、とりあえずスマホゲームで時間を潰す。
看護師さんが来て、ウェットティッシュで身体を拭いてくれました。
シャワーは明日からなので、髪の毛とか嘔吐した時の胃液でバリバリだったけどもう我慢。
もちろん朝食もまだ食べれず点滴。
ベッドの上半身部分を起こしたら腰が大分楽になった。
昨日の夜中もこうすれば良かったのかも。
15℃くらいの傾斜で寝ると腰がすごく楽。
そういうマットレス売ってないのかな。
お昼ごろかな、看護師さんに「少し歩いてみましょう」と言われて
起き上がって点滴ついてるカラカラを転がしながら廊下を20メートルくらい歩く。
結構問題なく歩けた。
ものすごーくゆっくりで、老人のようだけどw
廊下の先の椅子に座らされて待っている間に、嘔吐物で汚れたシーツを交換してくれた。
そして歩けたので尿管も外されました。
点滴も外れて身軽になった。
ようやくお昼がでたけど、重湯?初めて食べた(飲んだ)よ。
重湯にスープにバナナスムージーに桃ジュース。
全部液体なのに桃ジュースはお腹いっぱいで全部飲めなかった。
痛み止めが効いているので、傷口は全然痛くない。
色々動けるようになったけど、でもLINEに返信するのが億劫で遅くなったら心配された。
入院4日目(手術後2日)
もうこの辺りになると、一人で動き回れるので放っておかれる。
ひたすら養生するだけの残りの入院生活。
ようやくシャワー浴びれました。
シャワー室に椅子がついていたので、座りながら髪と身体を洗ってさっぱりした。
その後先生から術後の検診があって、術後の経過も良好とのことでした。
手術中の映像から切り取った画像の紙をもらったのだけど、
右の卵管も腫れていて、卵巣にもチョコレート嚢胞があったので摘出したそうです
(事前にその可能性もお話しいただいていました)
なので卵巣は左のみ残ってる。
ホットフラッシュなくなるといいな。
そして私の子宮は約700グラム弱あったそうです。
レルミナ飲んでたからそれでも少しは小さくなったらしいけど、
普通の子宮は50グラムくらいらしいので、大分立派に大きかったみたい。
入院5日目(手術後3日)
気づけば前日よりもっと身体が楽になってる。
シャワーもこの日はほぼ立ったままで大丈夫だった。
体調は問題ないのだけど、排便だけがまだなくて看護師さんに1日に水を1.5リットルは飲んでくださいと言われた。
恐らく500MLくらいしか飲んでなかった。。。
ペットボトルの水が切れたので、午後に病棟の下にあるコンビニに買いに行った。
ゆっくりヨロヨロ歩いたけど、問題なく行けたね。
ついでに甘味も買った。
病院食は味気ないから。

他の体験者さんのYouTubeとかだと、術後はよく歩かされたと言ってたけど、
ここの病院ではそんなこともなく、ひたすらゴロゴロ昼寝したりゲームしたりkindle読んだりして怠惰な生活を送ってた。
せっかく入院用にNetflix入ったので、何か観ましょうと思ってPC開いたけど
PCだと病院のwifiがインターネットに接続されないのね。
看護師さんにまだ排便がないと伝えると排便ないと退院できないので下剤と座薬どっちがいいかと聞かれ、迷わず下剤をもらいました。
コンビニまで行った事を話したら、コンビニまで行けるなら大丈夫ですねって言ってくれた。
夜中に泥棒を捕まえる夢を見て、「誰か!」って叫んだ自分の寝言で目が覚めた。
同じ病室の人、ごめんなさい(;'∀')
入院6日目(手術後4日)
退院予定日。
朝食後、やはり排便がない旨を伝え、結局座薬を入れてもらうことに。。。(恥)
すぐ出ました(笑)
10時には会計も出たと言われたので、着替えてパッキングしてナースステーションの看護師さんたちにご挨拶とお礼を伝えて2階の会計に降りる。
看護師の皆さん、とても優しく面倒見てくださって、本当にありがとうございました。
初めて入院&手術を受けて、医療従事者の方たちに改めて尊敬の念を覚えました。
帰宅するにあたって、妹が付き添いにいけるよって言ってくれてたんだけど、
帰宅してから妹と話したりご飯する余裕はなさそうだし、
わざわざ来てくれたのにすぐに帰すのも忍びなかったので、一人で帰ることにした。
病院出てタクシー乗り場で待ってたらすぐに来たタクシーに乗って約10分。
あっという間に帰宅。
一人で全然大丈夫でした。
荷物を片づけて、なんか余裕そうだったので近所のスーパーまで超絶ゆっくり歩きで行ったけど、問題なかった。
思い返せばあっという間の6日間でした。
でもこの6日間で確実に季節は秋になってた。
帰宅してからはエアコンつけてなくて、過ごしやすい良い季節になりました。
入院中はなんか怖くて触れなかったんだけど、帰宅してからようやくベッドで仰向けになった時に下腹部を触ってみたら、
入院前にはあったソフトボールくらいの塊が
なくなってました。
私から切り取られた私の身体の一部、いままでありがとうね!
